ばあさまの漬け物石
九十九耕一 |
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あるところに、ひとりのばあさまがおった。 ばあさまはある日、ふと「漬け物を漬けてみよう」と思った。塩はあるし、樽は納屋にしまってある。漬ける白菜や蕪は、裏の畑になっている。 これはいいことを思いついたと、ばあさま、さっそく漬け物づくりにとりかかった。 「ありゃあ、しまった! 漬け物石がねえだ。漬け物石がなけりゃあ、うまい漬け物ができねえぞ」 納屋を探したけれど、どこにもない。もちろん、畑にもなってない。仕方なしにばあさまは、河原にちょうどいい石を探しに行った。 「これは小さすぎる。こっちは大きすぎ。あれは形が悪い……」 なかなかちょうどいい石が見つからない。それでもばあさまは、あきらめずにがんばって探した。 「ああ、あった、あった! こいつはちょうどいい!」 陽がかたむきかけたころ、ばあさまはようやく気に入った石を見つけた。これならいい漬け物ができると大喜び。さっそく持って帰ることにした。 漬け物石を家まで持って帰るというのは、けっこうな大仕事だ。ところがばあさま、まるで枕でも抱えているみたいに、石を軽々と運んでいる。 じつはこの石、ばあさまは気づいていないが、中に六人のお地蔵さまが住んでいらっしゃった。 「ばあさまが持って帰るには重かろう」 お地蔵さまたちはそう話し合って、石をうんと軽くしてやったのだ。そうとは知らず、鼻歌歌って上機嫌のばあさまを、お地蔵さまたちは愉快そうにくすくす笑った。 漬け物を作る用意がすっかりととのったばあさまは、白菜に塩をすり込み、蓋をし、拾ってきた漬け物石を乗せた。 「これでよし。あとは漬かるのを待つだけだ」 ばあさまは本当に満足そうだ。茶を淹れると、樽を眺めながら飲んだ。 「それにしても、いい石を拾った。こんないい漬け物石を持ってるのは、この村じゃあ、オラだけじゃねえかな。きっとうめえ漬け物が漬かるに違いねえ」 これを聞いたお地蔵さまたちは、またくすくす笑った。 「このばあさま、なかなかいい目をしとる」 「なにしろ、わたしらが住んどる石だからな」 「こりゃあ、ばあさまの期待を裏切れんぞ」 「そうとも。ばあさまの漬ける漬け物は、わたしらが漬けるも同じことじゃからな」 六人のお地蔵さまたちは顔を見合わせて、楽しそうに、おかしそうに笑った。 さて、すっかり漬かった白菜を食べたばあさまは、そりゃあもう喜んだ。 「オラ、こんなうめえ漬け物、食ったことねえ! こりゃあ、ひょっとすると、この村一番の……いや、日本一の漬け物名人かもしれねえ」 お地蔵さまたちは、おかしいやら、嬉しいやらで、くすくす笑いが止まらない。 ばあさまは毎日、白菜や蕪を漬け、村の者に食わせてやった。村の者も、あまりのおいしさに驚いた。ばあさまは、嬉しくて仕方なかった。 今日もばあさま、漬け物作り。漬け物石を乗せるとき、ばあさまは必ずこう言った。 「おいしく漬かってくだせえよう」 そして漬け物石を二、三度なでる。お地蔵さまたちは、そのときが一番嬉しかった。 ところで、ばあさまの漬け物は、不思議なくらい、すぐに無くなった。 「あんまりうめえから、ついつい食べちまうんだあ」 ばあさまはそう笑う。それもそうなのだが、本当のところ、六人のお地蔵さまたちがときどきつまみ食いをしているという話だ。 |
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