例えばそんなときの笑顔
九十九耕一 |
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「父ちゃん……この前の算数のテスト、返ってきた……」 仕事から戻り、居間でくつろぐ父親に、息子はおずおずと言う。ちらりと父親を見たが、視線はすぐに畳の上に落とされた。 「この前みたいに、また0点じゃないだろうな?」 言いながら父親は、少し気まずさを感じていた。 先週、息子の算数のテストは0点だった。そのとき父親は、父親として怒った。「今度こんな点取ってきたら、家から追い出すぞ」と、そう言ったのである。勢いで言ってしまったのだが、今、おびえたような息子の顔を見て、後悔の念におそわれる。 息子は父親の前に正座する。畳をじっと見つめたまま。 父親はとりあえずむすっとして、息子の手からテスト用紙を取る。 テスト用紙は小さく折りたたまれている。それを広げていく父親。 父親は、この小さく畳まれた用紙が、六畳のこの居間を覆ってしまうほど大きければいいのにと思った。そうすれば、いつまでも広げていなくてはならなくて、息子になんと言えばいいか、考えがまとまるかもしれない。 最後のふたつ折りを広げ、先生のつけた赤い数字を見る。父親は口を大きくあけ、息を飲んだ。 「百点じゃないか!」 父親は息子に、まんまとひっかけられたのだ。 例えばそんなときの子供の笑顔。 |
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